三条小橋のたもとの「佐久間象山先生・大村益次郎卿遭難の地・北へ約壱丁」と刻まれた、比較的大きな石碑を目にしたことのある方は多いのではないだろうか?しかし、遭難の地碑本体は結構大きいのだが、比較的目につきにくいところにあるので、見たことのある方は少ないかもしれない。
そもそもこの二人は何物や?佐久間象山は信濃出身の幕末の兵・洋学者で勝海舟や坂本龍馬にも影響を与え、開国論を唱え、1864年、攘夷派に暗殺された人物。大村益次郎は周防出身の兵学者で戊辰戦争の軍事指導、明治政府の兵部大輔としても活躍した人物だが、1869年、長州の刺客によって重傷を負い、2ヶ月後に死去した。
ふたりの幕末の兵学者は奇しくも木屋町御池付近に居を構え、時期は5年ほどずれるが、木屋町御池上ルの長州藩控え屋敷付近で暗殺された。軍事に命をかけたふたりの兵学者の寓居の地・遭難の地碑は高瀬川沿いに2つ並んでひっそりとただずんでいる。
大村益次郎寓居の地碑→木屋町御池上ル
佐久間象山遭難の地碑・大村益次郎遭難の地碑
→木屋町御池上ル・中華料理ハマムラ横
佐久間象山寓居の地碑→木屋町御池下ル |

三条小橋の遭難の地案内碑

大村益次郎遭難碑(向かって左)
佐久間象山遭難碑は顔入(右) |