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大徳寺

大徳寺について・アクセス 大徳寺を歩くコース 大徳寺データ
龍源院 南庭
「一枝坦」
開祖堂 北庭
「龍吟庭」
書院庭園
「こ沱底」
東庭
「東滴壺」
瑞峯院 「独坐庭」
枯山水
茶室
「餘慶庵」
茶室「安勝軒」
「平成待庵」
「閑眠庭」 勅使門
三門 仏殿 法堂 方丈 唐門 大仙院
方丈南面の
砂庭
書院庭園 北書院
「拾雲軒」
高桐院 茶室
「松向軒」
茶室
「鳳来」
南庭 書院「意北軒」 西庭(露地) 墓所    

唐門
妙覚寺表門と並び、桃山時代に豊臣秀吉が京都に造営した華麗壮大な城郭風の邸宅である聚楽第の遺構とされています。一日見ていても見飽きないことから日暮らしの門といわれています。明治の中頃まで勅使門の西にありましたが、現在は方丈前庭にあります。
  • 拝観期間:非公開
  • 国宝:○
法堂の後ろにある建物が庫裏、その右が方丈で、その前にあるのが唐門ですが、中には入れなかったので、庫裏と方丈らしき建物が見えるのみ。 あれ、そういえば西本願寺の唐門も通称「日暮門」だったような・・・? あちらは確か、伏見城の遺構と伝えられていました。

大仙院
大徳寺北派の本庵。近江の六角氏の出身である政頼が、その子古嶽宗亘を開祖として創建しました。7世住持は漬物のたくあんで知られる沢庵宗彭です。本堂は創建当初の建物で日本最古の禅宗方丈建築であり国宝となっています。庭園は禅宗枯山水を代表する石庭といわれ、東と北にわたる鉤形の狭い敷地に樹木や石組、白砂を配置して蓬莱山から出た渓流が大河となって大海(方丈南)に注ぎ、中海(方丈北)に至る様子を表すことで見事に人生の流れを説いています。特に書院庭園は史跡・特別名勝に指定されており、客殿の障屏図の相阿弥筆「瀟湘八景図」や狩野元信筆「花鳥図」、狩野之信筆「四季耕作図」は共に重要文化財です。
  • 拝観期間:常時公開(12月〜2月 9:00〜16:30) ※寺院行事の節は拝観不可 ※本堂屋根修復工事のため、12/10〜/28、1/7〜/31は拝観中止(週末座禅は実施)
  • 国宝:本堂−禅寺の客殿遺構として大徳寺山内で最古 日本最古の禅宗方丈建築。
  • 重文:書院、相阿弥筆「瀟湘八景図、狩野元信筆「花鳥図」、狩野之信筆「四季耕作図」
  • 名勝:方丈南面の砂庭、書院庭園(国の史跡および特別名勝)−古嶽宗亘(大聖国師)作。
  • 拝観料:400円 抹茶200円
  • お問い合わせ:075-491-8346
  • ホームページ
  • 参考リンク
* 残念ながら、ここは撮影禁止でした。 入り口の石畳がなんとなく可愛かったのでこれだけでも・・・。

取材時は、ここの名物和尚(H.P参照)の姿はお見受けしませんでしたが、ご本人が居なくても、このお寺には和尚の個性を感じました(笑)。 ここの三世古渓和尚は、豊臣秀吉の怒りにふれ賀茂の河原で梟首にされた千利休の首を持ち帰り、漬物の「たくあん」を考案したといわれる七世沢庵宗彭は、宮本武蔵との関係で有名です。

また、大林宗套(だいりんそうとう)、笑嶺宗訴等の名僧を輩出し、千利休を始め、様々な茶人が大仙院歴代と密接な関係があったといいます。 どうもこのお寺は代々個性が光る和尚が多いのでしょうか?

方丈南面の砂庭
国の名勝に指定され、大海を表現しているだけあって壮大です。

書院庭園(国の史跡および特別名勝)
鶴島と亀島の間にあるのが蓬莱山です。想像してみて下さい。そこから滝が流れ落ちます。 その流れが石橋の下、透渡殿の下をくぐり、一旦堰を落ちて大河となります。 石の宝船がその上を浮かび、小亀も泳いでいます。 そして、その流れは大海に至るのです。 蓬莱山から落ちた水が亀島の前を通って西へ向かう流れは、方丈北の中海に至ります。

北書院「拾雲軒」
沢庵和尚が宮本武蔵に剣道の極意を授けたところと言われているそうです。

襖絵の作者は相阿弥、狩野元信、狩野之信という蒼々たる顔ぶれ! 相阿弥は、足利義政に仕えた室町後期の画家。牧谿風の水墨技法が特徴です。 狩野元信は狩野派の祖・狩野正信の子で、狩野派の画風を大成しました。彼は相阿弥にも大きな影響を受けたとか。 狩野之信は、安土・桃山時代の狩野派の画家。兄の元信と共に父・正信に学びました。

♪スキマ情報♪
* 大徳寺山内の塔頭のあちこちで坐禅の体験ができます。 なかでもこの大仙院では、週末坐禅会など夕方に座禅を組めるので、早起きが苦手な人や、サラリーマンの方も参加しやすいかも!?
以下は、過去の「一言コラム」からの抜粋です。
『頭の中を空っぽにしてみようと座禅会に参加してきました。
* 場所は大徳寺龍泉庵。 街中から早朝の静かな境内に入ると、砂利を踏みしめる音と、ほうきでお庭を掃く音に、次第に心が落ち着いてきます。 丁寧な複式呼吸を心がけると、 身体がまるでポンプの様に朝の空気を取り込みます。時折休憩を挟みながら、また和尚さんに肩をパシッと叩いて頂くと、いつの間にか集中できるようになってきました。 いつでもどこでも座禅はできます。こちらをクリック。 』

高桐院
利休七哲の一人細川忠興(三斎)が父・幽斎の菩提所として創建しました。茶室松向軒は豊臣秀吉が北野天満宮で催した大茶会のものから、書院の意北軒は千利休邸からそれぞれ移築されたものと伝えられています。庭園は楓の林からなる南庭と袈裟型の手水鉢が置かれた西庭があり、秋の紅葉は見事です。墓地には三斎とガラシャ夫人の墓のほかに、三斎の三回忌で殉死した興津弥五右衛門や歌舞伎の原型を作ったといわれる出雲の阿国の墓があります。三斎の墓塔はもとは利休の燈籠でしたが、秀吉に所望されたため、利休はわざと笠の一部を欠いて断り、三斎に贈ったといわれています。寺宝の李唐筆の「山水図」は南宋初期山水画の名作で国宝です。
  • 拝観期間:常時公開・寺宝「山水図」・・・「曝凉展」(毎年10月第2日曜日限定で公開) ※団体の時は電話、葉書、FAX(075-493-8733)にて要予約 開祖忌(6/8)は拝観中止
  • 開基・開山:玉甫紹_(ぎょくほじょうそう 幽斎の弟)(細川忠興による。 1601(慶長6)年)
  • 国宝:李唐筆「絹本墨画山水図」
  • 重文:銭舜挙筆「牡丹図」−北野大茶会に使用された。
  • その他の寺宝・建築等:茶室「松向軒」−豊臣秀吉が北野天満宮で催した大茶会のものを移築。三斎好みと伝える二畳台目の席。 書院「意北軒」−千利休邸から移築。 南庭−楓の林 西庭−袈裟型の手水鉢 茶室「鳳来」−円能斎好み。
  • お問い合わせ:075-492-0068
  • アクセス:市バス206「大徳寺前」
  • ホームページ




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