臨済宗から独立した黄檗宗の大本山で、中国の隠元大師が江戸時代に建立しました。
中国の福建省にある黄檗山萬福寺がその名の由来で、明時代の禅文化の影響が多くみられ、京都のお寺の中でもひときわユニークな存在感を放っています。
隠元禅師、木庵禅師、即非禅師など中国の名僧ゆかりのお寺で、数は減ったものの、今でも19の塔頭があり、今回は萬福寺とその一部の塔頭にお邪魔してきました。
■黄檗山萬福寺公式HP
- 中華様式を色濃く残し、煎茶文化を継承する黄檗宗の大本山 -
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<京都駅から萬福寺へのアクセス> |
JR奈良線黄檗駅・京阪電鉄宇治線黄檗駅を下車、徒歩5分。 |
臨済宗から独立した黄檗宗の大本山で、中国の隠元大師が江戸時代に建立しました。
中国の福建省にある黄檗山萬福寺がその名の由来で、明時代の禅文化の影響が多くみられ、京都のお寺の中でもひときわユニークな存在感を放っています。
隠元禅師、木庵禅師、即非禅師など中国の名僧ゆかりのお寺で、数は減ったものの、今でも19の塔頭があり、今回は萬福寺とその一部の塔頭にお邪魔してきました。
宇治十帖を巡るコースでもお世話になった宇治観光ボランティアガイドクラブの会員さんに、今回も案内して頂きました。
・宇治観光ボランティアガイドクラブ(電話:0774-22-5083)
e-kyotoスタッフのイチオシ!
実はこの特集をリニューアルするにあたり、今回はボランティアガイドさんと二人三脚で取材して参りました! 4時間ガイド付きで案内して頂いてたったの1000円。英語案内も依頼できます。地図を片手に迷う事も、時間配分も気にする事なく、充実した観光を楽しむ事ができます!
![]() 電話:0774-31-8026 |
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現在も摺り師が刷っており、萬福寺の印刷所、とも例えられるでしょうか。 お寺の奥にそびえ立つ大きな収蔵庫。門の外からでも見えます。 |
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![]() 3階に渡って、おびただしい数の版木が整然と並んでいるのです。 ここがお寺の敷地内だという事を忘れてしまいそうです。 |
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ガイドさん:「この6万本のうち4万本が重要文化財に指定されています。全て吉野桜の木なんですよ」 廃仏毀釈や戦争等の影響で、何度となく寺院の移動を余儀なくされたにも関わらず、これだけの版木を現在も完全な形で保存されているのが素晴らしい。 |
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宇治 宝蔵院 資料 | |
と、その時一人の刷り師さんが出勤して来られ、案内しながら色々と詳細に(むしろマニアック)説明して下さり、ガイドさんと共に聞き入りました。 この一大事業が行われた江戸期は、浪人となった侍たちが多く、彼らが刷り師となって生計を立てていたとか。 |
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刷られたものが干してありました。「よろい干し」というそうです。 黄檗(きはだ)色の紙。キハダには防虫効果もあるとか。20文字が20列、つまり400文字。これが原稿用紙のルーツなのです。 ここの版木に彫られている書体は明朝体。これも私達が普段慣れ親しんでいる書体の発端なのです。 |
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映画「鉄眼」というポスターも発見!こんな映画があったんですか…。 |
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この刷り師さんはこの道31年!薄暗く狭い空間でひたすら何百枚というお経を刷り続けているなんて、仕事に対する誇りと好きという気持ちがなければできない事です。 |
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宝蔵院には、会社の研修や美大生が見学に来る事があるそうですが、観光客にはまだ広く知られていません。 |
宝蔵院と萬福寺の間、同じ道路沿いにあります。 |
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宇治 萬松院 |
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石碑に向かって右にはお茶の木が植えられており、お茶の実を初めて見ました。 ガイドさん:「かつてこの辺りは一面の茶畑で、その広さは三室戸寺辺りまで続いていたといいます」 |
総門
さて、まだ総門を潜ってはいけません。門の上に載っている不思議な生き物をご覧あれ。 |
門の敷居を跨ごうとしたところで、 |
やっと門を潜ったところで、再び振り返りましょう。
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ガイドさん:「大丸の「大」は人を表し、「全ての人が等しく豊かになり、商売繁盛」の思いが込められているそうです。
ガイドさん:「萬福寺の頂上には、華僑のお墓があるんですよ」 |