業平は880年、大原野の十輪寺で56歳の生涯を終えたが、吉田山の奥に葬るように遺言したとも伝えられている。江戸時『暁筆記』という江戸時代の書物には「(業平を)東山の吉田の奥に納めて廟を作る」という記述があるそうだ。現在でも吉田山の山頂近くの竹中稲荷神社の北側に、業平塚があると「時代別京都を歩く」(蔵田敏明著)をいう本で知り、訪ねてみることにした。
バスを銀閣寺道で降り、吉田神社の東参道から吉田山に登る。鳥居がずらりと並ぶ参道を登りきると竹中稲荷神社と天満宮が並んで建っていた。竹中神社の説明版には「古記に在原業平の居を神楽岡の稲荷神社の傍らに卜す云々とある」と書いてあったが、業平の墓を移したという意味なのだろうか?
しかし、肝心の業平塚が見当たらない。参詣に来ていたご婦人に伺っても「さあ、業平塚?知らないねえ。」と言われてしまった。自力で探すしかない。竹中神社の裏手には白滝大明神、杉衣大明神など数々の神を祭った石碑があり、一種異様な雰囲気をかもし出している。しばらく探していると石柱に囲まれた中に五輪塔の頭だけと大きめな石が何個か置いてあり、その石に挟まれて「業平塚」という質素な立て札が立っていた。え、こんなに小さくて質素なの?と驚くくらいの塚だ。「廟」などとはお世辞にも言えない。おまけにゴミまで落ちていた。平安のプレーボーイのお墓がこのザマかと思うと、業平があまりにもかわいそうになり、落ちていたゴミを拾って帰った。
大原野の十輪寺にも質素な宝篋院塔の墓があったが、業平の墓は何でこんなに質素なのだろう?絶世の美男が泣いてしまうゾ(;;)業平の冥福を祈るためにもせめてゴミだけは落とさないでね。
住所:左京区吉田山山上竹田稲荷北側
拝観自由 |


えっこんなに小さいの?業平が可愛そうになるくらい粗末な業平塚。

吉田山山上の竹中稲荷神社。この裏に業平塚がある。 |