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「判官贔屓」という言葉がある。
九郎判官・源義経は京都生まれ。幼い頃父・義朝を亡くし、
母・常磐御前が平清盛の愛妾になることで生き延びる。
幼名を牛若丸といい、6歳の時、僧侶になるべく鞍馬山に預けられるが、夜な夜な抜け出し、
天狗に兵法修行を受けていたという。
後、奥州へ渡り、異母兄・頼朝の挙兵に応じて平氏追討の戦いに参加。数々の戦功を立てる。
戦いには天才的な能力を発揮するが、政治能力はなく、
間もなく頼朝に疎まれ、逃れた奥州衣川で自刃した。
悲劇的な生涯を閉じた義経は京の人々にも人気があり、
洛中にも鞍馬山にもゆかりの史跡が多く残されている。
判官贔屓の民衆の義経に対する思いが込められた史跡を洛中と鞍馬山に分けて巡ってみた。
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