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[祇園祭]祇園祭マップ




祇園祭では、「山」や「鉾」と呼ばれる山車が計33基登場します。
それらは中世の欧州や中国、シルクロードから伝えられたじゅんたんやタペストリー、
西陣織等で飾られ、「動く美術館」とも呼ばれます。

山鉾をじっくり鑑賞するなら、お昼間が良いでしょう。
夜、歩行者天国が始まると、新町通りや室町通りはまるで満員電車並みに混雑するからです。

山鉾についてもっと知りたい方はこちら!!!

鉾町周辺マップ・巡行コース 「休み山」とは 「平成女鉾」とは



■鉾町周辺マップ・巡行コース
鉾町周辺マップ・巡行コースの印刷用はこちら↓
17日 山鉾巡行・前祭(さきまつり) 巡行コース
24日 山鉾巡行・後祭(あとまつり) 巡行コース

17日 山鉾巡行・前祭(さきまつり)巡行コース



24日 山鉾巡行・後祭(あとまつり) 巡行コース

■ちょっとマニアックに巡るなら
平成女鉾」と「休み山」をご存じですか?
山鉾建て・曳き初めの日程はこちら

「休み山」とは

天明、幕末の大火によって、その山や資料を焼失。
財政的、人員的な理由等で復活・運営が困難で、現在は巡行には参加せず、
焼け残った懸装品を飾りながら出番を待ち続けています。


2014年に大船鉾が山鉾巡行に復帰!
 
四条町大船鉾保存会は、くじ取り式に2010年からオブザーバーとして出席、2011年4月には祇園祭山鉾連合会の「33基目」の正式会員に迎えられ、 2012年の山鉾巡行では、神面を木製の唐櫃に納めて巡行し、焼失から150年を迎える2014年には、鉾での巡行復帰を果たしました。

布袋山 大船鉾
2014年の山鉾巡行で復帰しました!
鷹山
お飾り(居祭):7/1〜/17
(※2014年度の例です)
二階囃子:7/5〜/12
一般公開:7/20 18:00~
(※過去の例です)
二階囃子@すし善:7/5~/9 19:30~21:30
出囃子@因幡薬師:7/16 20~21:00 
出囃子@京都文化芸術センター 京都市エコ屋台村:7/21 19:30~21:00
お囃子披露・授与品販売@山音(株)前:7/22 19:30~21:30、7/23 19:30~22:00
(※過去の例です)鷹山の催し詳細はこちら
布袋山 大船鉾 鷹山
かつての山がどの様な形態であったかは現在のところ不明ですが、『祇園祭礼巡行 図巻』によると、布袋さんのかぶり物で巡行に参加している様子が描かれているそうです。
噂によると、いつかその布袋さんの巡行参加を復活させようという動きがあるとか...?
近年、布袋山の護符の版木が確認されました!

 2012年の宵山には、居祭と同時に布袋山の骨組みに当たる櫓胴組が披露されました。檜製で、「町家発ほんまもんの会」の大工や宮殿師、仏具職人ら有志が他の山を参考に製作し、寄贈したものです。

2013年7/13〜/16には姥柳町のマンション1Fで居祭をします。粽や護符、お守り等の関連グッズも販売されます。

 


四条町大船鉾保存会町会所の改修が終了、神面の写し面も製作

2015年に四条町大船鉾保存会が町会所として購入した、1933(昭和8)年に建てられたという新町四条下ル西側の京町家の改修事業が終わり、また約400年前から町内に伝わるとされ、山鉾巡行でご神体人形に取り付ける神面を保護するための「写し面」も製作されました。


檜製の「写し面」は、京都観世会会長・片山九郎右衛門さんと、能楽金剛流宗家・金剛永謹さんの推薦を受けた能面打・見市泰男さんに依頼され、何度も保存会にて役員の立ち会いのもとで、原則非公開の本面と見比べながら面を打たれたのだそうです。

神が宿るとされる本面は、これまでの大火の被害も免れ、かつては宮中でお産がある際に腹帯と共に安産を祈ったといいます。

2017年の後祭の山鉾巡行から写し面が付けられ、本面は大船鉾に乗り込む役員が携えます。  

「鷹匠」「樽負」「犬飼」の御神体が並んで飾られます。
この「鷹匠」と「犬飼」は、源頼朝、もしくは在原行平と言われ、真ん中の「樽負」は粽を食べているという、ユニークなもの。

『細川家絵巻』によれば、かなり大きな曳山だったようです。

「太郎山」「樽負山」とも呼ばれ、樽の中の御神酒(ご神水?)には疫病退散の力が宿っているのかもしれません。

寄付された見送「染彩猛禽之図」は皆川月華の作。

大火で焼損した鉦を新調制作中!
祇園祭山鉾連合会の準会員となった「鷹山」保存会が、かつてお囃子に使われた鉦の再現に取り組んでおり、幕末の蛤御門の変による大火で焼損した鉦をもとに新たに鋳造する鉦のうち8丁を使用して2017年6月に八坂神社にて奉納演奏も行いました。

これまで2014年に囃子方が復活したものの、これまで鉦は菊水鉾から借りて演奏していたといいます。
元治の大火の焼け跡から一部が溶けた状態で発見された1786(天明6)年製の鉦を、京都市産業技術研究所の協力で金属成分を分析、仏具制作「関崎」の工房で制作が進められています。

また、京都市歴史資料館では「鷹山ふたたび-祇園祭鷹山復興支援展」が開催中です。 

お問い合わせ:
j-yamada@yamaoto.co.jp(山田純司さん)


室町期に「だるま鉾」 があった!?
1637年の洛中絵図にも記載されている中京区の山田町(油小路通錦小路上ル)には、祇園祭の山鉾巡行に「だるま鉾(山)」を出していたと言われています。

同町で「祇園さん」と親しまれてきた八坂神社の分社は私有地のため2010年の例祭を最後に撤去されましたが、室町時代に現在の山田町がある地から、応仁の乱以前は「だるま鉾」、以後は「だるま山」として再興したいう記録が残っているそうでうす。
史料によると、1500年に再興した際、くじ取りによりだるま山が前祭の7番目に巡行したとあり、当時は前祭26基、後祭10基の計36基だったようです。   →その他の幻の山鉾については「一言コラム」

復活した休み山「綾傘鉾」

元治元年の火災で焼失。天保5年に小型の鉾に改造されて巡行に参加。
明治12年から17年まで徒歩囃子の形で巡行しましたが、その後途絶えていました。
昭和48年頃から復興の声が再び上がり、町民と壬生六斎会の支援で昭和54年に復活を遂げました。 

一言コラム「昭和に復活を遂げた山鉾たち」

「平成女鉾」とは

祇園祭への参加を目指し、1996年に誕生した女性だけの囃子方による「平成女鉾清音(さやね)会」。
八坂神社より櫛稲田姫命をご神体として迎え、函谷鉾の囃子方の指導のもとで、日々練習を重ねています。
かつて、2005年まで開催されていた「京都まつり」では、鉾巡行で参加した事もあります。

2007年の3月、平成女鉾清音会10周年イベントとして、平成女鉾が新風館の中庭に建てられました!
これは2000年・2001年に京都駅ビルに建てられて以来のことです。

新風館を山鉾町に、来館者を町衆に見立てて、鉾の組み立てやお囃子を披露するというものでした。
各鉾町内の少子化や高齢化が進む中、老若男女を問わず祇園祭を愛する誰もが「町民」として関わることができる
平成女鉾の、まだ漆も塗られていない白木のままの清々しさは、未来を模索する祭の姿を象徴しているかのようでした。

2016年秋には平成女鉾は20周年記念事業として、ロームシアター京都の中庭に、約10年ぶりに「平成女鉾」が建てられました。  →スタッフレポート

現在、平成女鉾清音会は、毎年祇園祭の期間中の7月下旬頃(2017度は7/30(日) 15:00~16:00。※予定)八坂神社へお囃子を納しています。

お問い合わせ:sayane-k@a7shes.net
(平成女鉾清音会 事務局・京都市下京区四条通烏丸西入ル函谷鉾ビル4階)

一言コラム

kakimoto 秋はチョコレート、冬に入るとココアが飲みたくなる季節です。 とある秋の日。京都の古い神社をお参りした後、「アッサ...[続きを読む]

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