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子供が生まれて男の子は、29日、女の子は28日経つと、「お宮参り」をします。 (女の子は早く縁づくようにという意味で1日早くするそうです。 ただし、これは、京都の場所によってもさまざまで男の子が30日で女の子はそれより遅い31日、もしくは、男子30日、女子33日、というところもあります。 その場合、女の子が遅い理由は、「業が深いから」だそうです。) 私の場合、2人とも暑い夏の盛りに生まれましたので、お祝いに来ていただく方のことも考えて(暑い時に着物を着ていただくのも大変だろうと配慮から)日数を遅らせて宮参りをしました。 ただ、29日、本来なら宮参りをしなくてはいけない日、姑だけが神社に仮参りをしに行きました。
私の場合、生まれてしばらくは、産婆さんのお世話になっていました。 (『近畿の祝い事』という本によると、「大正年間からは、各地に職業産婆が現われるようになって、以後は産婆に頼んですべてを委し、世話になるのが普通となった。」のだそうです。) この方は助産婦さんの資格を持っておられ、赤ちゃんをお風呂に入れてくださるのが主な仕事です。又産婆さんのことを昔は「取上げ婆さん」と呼んでいたみたいです。
産婆さんには、産後随分お世話になりました。 赤ちゃんと2人きりの生活、初めての経験だらけで不安を抱え、他に誰もしゃべる人がいない生活。 (姑は午前中、時には1日仕事に出かける時もあり日中は私と赤ちゃんの2人だけの生活でした。) 産婆さんには、赤ちゃんの肌の状態、体重の増え方を見て、食生活の注意や気をつけることなどについて言われるのですが、体重が順調に増えていると「ああよかった」と思い、お風呂を入れている間、「見てみい、気持ちよさそうにしているで。ええ子やなあ」と誉められると悪い気はせず、帰り際「大丈夫やからな、この調子で頑張りや」と言われると大変安心しました。 産婆さんから貰う一言一言が、私の育児への自信となっていったのです。 ですから、今考えると世間で言われるような育児ノイローゼにもならずに、一番大変な時期を乗り越えられたのは産婆さんのおかげだなと思うのです。
さて、宮参り当日も産婆さんに来てもらって、お湯に入れてもらい眉毛をちょっと書いて顔を着物にまけないようにりりしく整え、おでこにも字を書いてもらいました。京都では口紅で男の子は「大」と書き女の子は「小」と書きます。大抵の人は、此れを聞くと、なんで男が「大」で女が「小」やねんと怒ります。これだけは、なんとかしてほしいなあと私も思っています。そして、母方の実家から用意してもらった産着を着せます。枕元には、近所の人から貰った「友白頭」がお盆に一杯ならべてあります。「友白頭」以外にも、「共白髪」「なかまいり」とも書きます。その家の子どもの名前でいだたきます。中には、ちょっとしたお金が入っており、これを赤ちゃんを抱いてくれる人の帯に麻糸で括り付けます。抱いてくれる人は、祖母、伯母など、近親の女の人でなければだめなので、私の場合、主人の姉に抱いてもらいました。
そして、神社までの道を歩いて行きました。 (さすがに2人目のときは暑いので、クルマで行きましたが)道中、小さい子のいる家の前を通るたびにうちのおじいさんは、「仲間入りさせてくれておおきに、これからもよろしゅう頼みます。」という気持ちをこめて、お菓子を配り歩いていました。 神社で祈祷してもらい、後は、料理屋でみんなでご飯を食べ宴会。神社では、75日の忌明けが済んでいない私は、鳥居をくぐってはいけないと言われました。そして、忌明けが済むと今度は「お礼参りに神社へ行きなさい」と姑にいわれました。このとき、近所の人に言われたことですが、「お参りが済むまでは口を聞いてはいけない」そうです。
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