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京のお話

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田邊扶仁子さんの

京のしきたり


第5回 昔の結婚式

これは、私の母、姑から聞いた話です。

 昔の結婚式は、自宅で行われました。 花嫁の控え室といっても、自宅なので薄暗かったそうですが、そこで、初めて親戚の人達と挨拶を交わしたそうです。 結婚式の後、次の日は親戚顔見世の披露宴をし、それから新婚旅行に出かけたました。 そして、1週間新婚旅行に行った後、みやげ物を配りに親戚中を歩き、今度は、「ハナガエリ」(次回「第6回」参照)をした後、もう一度、嫁の方からみやげ物を持って(このみやげ物は千歳屋という饅頭屋さんであらかじめ用意してもらったもの)又、親戚中を配り歩いたそうです。

 又これは別の方にお聞きした話ですが、一昔前は、披露宴を2回したそうです。 1回目はホテルで済ませ、今度は田辺で田辺の親戚、近所の人を呼んでお嫁さんの披露を料理屋もしくは自宅でしたそうです。 昔ほどではありませんが、私の場合ですと、結婚式自体に近所の方を呼んでのお披露目でした。 但し、私は花嫁として壇上にいるわけですから、相手の方の顔は全く覚えておりません。 まさに、「お披露目」であって一方通行なものでしたが・・・。

 『田辺郷土史なんやかんや』によりますと、私の住んでいる田辺の隣、草内地区では、昭和十五年頃から、生活改善委員会なるものが結成され、披露宴や挨拶周りも申し合わせで、簡素なものに変えたそうです。 例えば「結婚の場合は、式の列席を親族は婿方嫁方とも各三人程度で、披露宴も簡素を旨とした三時間程度。 新婦の土産も二百円(注:昭和三六年)以内のもの、一回きりで、近所、親族へのあいさつにまわる」と書いてあります。 というのも、田畑の不動産が高騰し多額の金が入るようになった昭和四十代頃は、どうしても冠婚葬祭が派手になりがちだったので、このような規定を加えないといけなかったようです。

 あそこの家の結婚式では、あんなことをしていた、こんなことまでしていたから、うちでも最低ここまではしなくてはいけない、などという意識が田舎ではどうしても働くらしく、こういう規定を作らなくては、人生のハレの舞台である冠婚葬祭の場面など、どんどん華美になっていきます。 私も考えてみれば、私の姑は私の時ここまで派手にしてくれたけれども、果たして私の代になってこんなことまで出来るか、(特に、葬式関係は葬式1回だけでも莫大な金額になるのに、葬式は結婚式とは違い、1回では済まないところがネックなのです。) 金銭的なことを考えてみても、とても苦しいものがあります。

 一体昔の人は、どうやってこんなお金をかき集めてきたのか、えらいというか、凄いことだけど、やっぱり私の時代ではここまでできないというのが、正直な思いです。




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