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京のお話

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市田ひろみさんの

京都論


第37回 見せられなかった長襦袢

 愛情表現はキスだけでない。―品のよさが、かいまみえるとき、人は魅了されます。 積極的に押し出すばかりが愛の告白ではありません。 控えめで、気のきいた演出は、相手の心をしっかりとらえるのです。  

 感情表現でも、洗練されるほどに抑制がきいてくるものです。 京都の人があけすけにふるまうことを下品なことと受け止めるのも、こうした思いがあるからです。 ある綴れ織の伝統工芸の方を思い出します。 七五歳で亡くなられましたが、六〇年の間明けても暮れても綴れ織の機を織り、そのために背中は丸くなっておりました。 すばらしいものを生み出す寡黙なその人の背中には、彼の人生が集約されているようにうつったものです。

 その方から、わたしは和歌に詠まれた恋文をいただいたことがあります。わたしへの励ましか、もしくは「わしも和歌ぐらいはつくりまっせ」というしゃれのつもりかと、そのときは真意を測りかねました。 でも、そのあと友禅の展示会場で「せんせ、詠んでおくれやしたか」と聞くのです。 本心からの恋文だったのです。わたしも尊敬していた方ですし、とてもうれしく思いました。 すばらしい和歌でした、とお礼を申し上げたのですが、でもそれ以上はなにもいえませんでした。

 もうひとり、親しくしていたある会社の会長さんのことです。 経済人としては一流、ご高齢の、とても教養のある方でした。 あるとき「お願いがある」というので、改まってなに事かなと思いました。 でも、いつもの陽気な調子で「なんぼでもききますえ」と答えたら「冗談やない」と、真顔になり「君の長襦袢姿を見せてほしい」、そういわれるのです。 なんておしゃれなのでしょう。あの人なら、本当に長襦袢姿を見るだけで終わったと思います。 ひきょうに抱きしめたりする人ではありません。 それが、せいいっぱいの告白だったと思います。

 おふたりとも、もう天の人ですから、わたしがこんな話をしても許してくださるでしょう。 老いてからの恋というのはみやびなものです。押しつけがましくなく、紳士的です。 長襦袢のことですが、わたしはなんとおことわりしたのか、はっきりと思い出せないのですが、会長さんのお葬式の日に「お見せしておけば、よかったかなあ」と、今でも後悔しています。「またいつかね」などと軽い答え方はしていないはず。

 でも、その答え方によって、わたしが上等な女かどうかが問われるのです。あんまり上等な女ではなかったような気もするのですが・・・。

市田ひろみ著「ええ女の作法四十四の極意」より

まとめ:e京都ねっと 小山



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