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京のお話

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市田ひろみさんの

京都論


第34回 ものの貸し借りは慎重に

貸すほうは大切なものを貸す  

どこででも簡単に手に入るものなら、普通は人に借りたりしません。 「貸して」と人に頼むのは、それなりに意味があってのこと。 親しい間柄でもものの貸し借りは慎重にすべきだと、この年齢になって、つくづく思います。親しい間柄だこそ慎重にすべきだといったほうがいいのかもしれません。

 私にはものの貸し借りでふたつ後悔していることがあります。ひとつは松本清張先生と対談をさせていただいたことがありました。 テーマは京友禅や西陣織についてでしたが、先生は特に私が研究している世界の民族服に、興味を持たれ、翌日も話を聞きたいとおっしゃったので、醍醐寺へごいっしょしました。 数ヵ月後、先生の新著『熱い絹』が送られてきて、先生のサインがしてありました。 読んでみると主人公のきものデザイナーはどう見ても私がモデルです。 山形佐一と名前こそかえてありましたが、私のお話ししたことやエピソードが、随所に盛り込まれ、感激もひとしおでした。 先生のサイン入りのその本は先生との思い出とともに私の宝物になりました。

 松本清張先生は当時から大変人気があり、私の周りにも先生のファンの人はたくさんいました。 『熱い絹』の取材で先生とお目にかかった話をしますと、「その本を貸して」という人が何人かいました。 作家の直筆サインを見たい気持ちはわかります。 私は快くその本を貸していました。 そこには先生の本をひとりでも多くの人に読んでもらいたいというファンの心理でもありました。 ところが、そのサイン本が今、私の手元にないのです。 誰に貸したか、見当はついているのですが、その人がなくしてしまったようで返してもらえないのです。

傘を借りたとき、タクシーで返しにいった

 借りるときは軽い気持ちで「貸して」といいます。 また、貸すほうとしても自分のお気に入りの本を友だちが気に入ってもらえればと、気軽に貸します。 しかし、本というのは、それほど邪魔になりませんから、借りたほうはいつまでも借りっぱなしになってしまうもの。 そして貸した側もそれほど高価なものではありませんから、そんなにうるさく催促できません。

 もうひとつの後悔は私が映画女優をしていたときのスチール写真です。 ある出版社から昔の写真を雑誌で使いたいから貸してほしいといわれ、私は古いアルバムを引っ張り出して用意しました。 ところが、その後、その出版社からの電話に愕然とさせられます。「すみません。・・・あの写真、なくしてしまいました」

 印刷所がなくしてしまったそうです。 そのあと、編集長がお菓子を持って京都まで謝りに来てくれましたが、私の気持ちは晴れません。 私の青春は戻らないからです。 今と違って、昔はそんなに数多く写真を撮ったりしませんでした。 そんな時代にカメラもメイクもプロについてもらって撮影したスチール写真が、どれほど貴重なものか。 その数少ないスチール写真のなかでも、せっかく雑誌に使ってもらえるのだからと思って、いちばんきれいに映っている写真を貸したのです。 今、どんなにお金をかけたとしても、二十代の若さは戻りません。 今では大切な写真を貸すときは、複写をして貸せばいいことくらい知っていますが、その当時は知らなかったのです。

 ものを貸すのは善意から。だからこそ、借りた側は相手の気持ちを踏みにじるようなことをしてはいけないと思うのです。 私は出先で雨に降られて、傘を借りたとき、タクシーで返しにいったこともあります。 「助かりました、ありがとう」 その感謝の気持ちはタクシーで傘を返しにいっても、じゅうぶんに見合うものですから。

市田ひろみ著「ええ女の作法四十四の極意」より

 私も、友人に長い間貸していた本が宅急便で、しかも今年の元旦の昼に届いたので大変驚いたのですが、本人の気持ちが十分に伝わってきました。 早速私も、無事に届いた事をメールで送り、久しく会っていなかったその友人と新年の挨拶を交わしました。 本人にとっては些細な事でも、貸した側にとってはどんな思い入れのあるものか分かりません。 私も親しい人からしばらくお借りしているものがあるので、慎重に扱わなくてはならないと感じました。

まとめ:e京都ねっと 小山



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