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きものというのはまた不思議なもので、きちんと着つけただけで五万円の小紋が三十万円に見える。 また、反対に三百万円もするきものでも、着つけができていなければ三十万円にしか見えない。 着つけはまさに、トリックなのです。
ところで、私は大谷女子短期大学生活文化学科の講師として、もう21年もきものの授業を担当しています。ここで着つけの実技を教えているのですが、学生のお嬢さんには楽しませてもらっています。たとえば「半襟に襟芯通しなさい」と教えます。 すると、透明のビニール袋に入った、買ってきたままの襟芯をそのまま通そうとしているのです。 「これこれ、あんた、袋から出して通しなさい」といったら、「先生、このほうがすべってよう入る」。 あ、なるほどね・・・。 いや、感心している場合じゃありません。
今度は裾除(すそよけ)のとき。 裾除は、巻きスカート形のきものの下に着る肌着です。 この裾除には、裾になる部分と左端にレースがついています。 きものは右を内にして、左側を重ねるのですから、レースは下の部分と、布が重なる前のところに出てくるわけです。 ところが、重ねを逆にして右を上にしている生徒がいます。 もちろんレースは内側に入ってしまって見えません。「ちょ、ちょっと、レースを上にせなあかん」といったら、裾についてるレースをつまんで上にまくりあげる。 裾除はめくれ、太もも出してフレンチカンカンです。 わたしもあせって「あんた、上って、重なっているところのレースやて、自分を包んでどうすんの」と、必死にならざるをえません。
ようやく、長襦袢の着つけが終わって、きものに取りかかろうとしたとき、ひとりだけボソッと立っている子がいました。 「はよきもの着んかいな」というと、なんだか悲しそうな表情になって「みんなのきものとちがうんです。わたしのきもの、短いんです」。 えっ?短いきもの?おかしいなあ、と思って「ちょっと見せてみい」と彼女のとこへいきました。 そしたら、なんと「あんた、これ羽織やがな。きものちゃうで」。 まあ、目が離せません。
そんなお嬢さんたちも、一年、二年と教えているうちに、きちんと着られるようになっていきます。 「お正月にも先生、きもの着たでえ」と新学期早々、わたしのところへ報告に来ます。 「そうか、そうか、きれいに着られたか?」と聞くと、「ほんなもん、きれいに着られたでえ」と得意満面で答えますけど、実際に見ていませんからわかりません。
しかし、世話をやかせてきれただけあってお嬢さんたちは本当にかわいい子どものように思えます。 そして卒業論文が泣かせてくれる。 「日本文化を伝える役目を果たしたい」。
ちゃんと着つけできるようになったらね。
市田ひろみ著『京の底力』 ネスコ文芸春秋より
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