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私がはじめてヨーロッパを旅行したのは、昭和43年のことでした。 40日間かけて、各国を回り、最後の滞在先のパリで私は(自分のためのお土産にハンドバッグを買おう)と思い立ちました。
パリで私がお世話になっていた画家の奥様に相談すると、奥様は「歴史的なお店に連れていってあげるわ」といって、私をルイ・ヴィトンの本店に案内してくださいました。 今でこそ高校生の女の子も持っていますが、その当時の日本ではヴィトンのバッグなど誰も知りません。 あのLとVの頭文字を組み合わせた柄のバッグが、ずらりと並ぶ店に入って、(なに、これ?いや、かなわんなぁ・・・。どうしよう?)ととまどいました。 消極的な気持ちになっている私をよそに、奥様は「欧米の名門の人たちは旅行するときにこの店のバッグをそろえるのよ。使う人が誇りが持てるバッグなの」と説明してくださいます。
パリで10日間ほどお世話になった方の親切なアドバイスです。 この期に及んで、「こんなのいらない」というわけにもいかず、私は持っていたお金でヴィトンのバッグをひとつ買いました。 今では色や柄、デザインの凝ったハンドバッグが当たり前のように楽しめます。 自分のライフスタイルに合わせて、豊富なバリエーションから自由にバッグを選べるようになったのは、日本の洋装ファッションが成熟した証拠でしょう。
はじめは使いようがわからなかった私のヴィトンのバッグも、どんどん数をふやし、活躍の場を広げていきました。 愛用の大きな旅行鞄はどこへ行くときでも私といっしょです。 洋装はもちろん、きものを着ても持っていきます。 使い勝手がいいからです。「きものにはもっと小さいのを持ったほうがいい。そんなのおかしい」といてくれる友人もいますが、私はいまだにきもの姿でヴィトンを持って、飛行機や新幹線に乗っています。
きものは私にとって単なるおしゃれではなく、仕事の一部。きものを着て出かけるといっても、それは私の出張で、ヴィトンの旅行鞄の中身はスケジュール帳や資料などがほとんど。 つまり、あの鞄は私にとって移動中の事務机なのです。 ですから、仕事以外の外出、例えば結婚式で留袖を着たり、パーティーで訪問着を着たりするときには、この事務机バッグは持ち歩きません。
バッグは固定観念にとらわれず、自分のライフスタイルとその目的に合わせて自由に選ぶというのが、ほんとうの意味でのおしゃれではないかと思います。
市田ひろみ著『ええ女の作法 四十四の極意』より
鞄には、持つ人が自分をどう評価しているかが現れている」という言葉を聞いたことがあります。 その時、その時の目的やシチュエーションに応じて、適切でセンスのいいバッグを選べるようになりたいですね。
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