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「先生、まったけ入ってまっせ」「先生、鮎、解禁になりましたさかいな
京都のお料理屋さんに行くと、小声でこんなことを耳打ちしてくれることがあります。 もう、あなただけですよ、大切な人にだけ熱ーいサービスです、といった感じです。 それが、解禁すれすれの日だったりすると「このお店で大事にしてもらってるなあ」と思うし、そのひと言で「ああ、うれしい」と感激してしまいます。 料理屋の「入ってまっせ」は、京料理というのが物量勝負でなく、旬に価値をおくことからきています。「こんなにぎょうさん入りましたんや」「あれもおいしいでっせ、これもおいしいでっせ」ではなく、「鮎はいってまっさかいに」なのです。
大阪湾からも、丹後からも離れていて京都は海から遠い。 碁盤の目のように造成されたいわゆる町中からすれば、野菜を作っているのはずっと郊外です。 京都には外に開かれた七つの道があり、そえは足利義政の正室、日野富子が関所を設けて通行税をとったことで知られていますが、季節の野菜や魚類は、みんなその街道筋から入ってきました。 「若狭鯖街道」という呼び名がありますが、これもそのひとつで、ひと塩ものの魚が人の背にかつがれて、若狭からこの道を入ってきたのです。
食材は遠路はるばる運ばれてきて、新鮮な素材はほんとうに貴重でした。だから大宮人たちは、質素な素材をいかにおいしく食べるか、貴重な一品をいかにして最高のものに仕立てるか、そういうことに腐心したのです。 宮廷料理の流れをくんだ京料理は、わずかな食材を大切に調理します。 ゆずを散らしたり、山椒を効かせたり、素材そのものの味をじょうずに引き立てているのです。 また、桜の花びらやもみじの葉っぱなどをあしらって、季節感を添えるのも心にくいばかりの演出です。
そして、その料理をさらに味付けするのが、「鮎入りましたえ」のひと言です。 京都でも一流のお店ほど、このひと言の技をみごとに生かしてるなと思います。 人をもてなすには、必ずしも大げさにすることはありません。要は、相手を「特別」な気分にさせてあげることです。 お料理屋さんは、そのひと言を誰につけるか、たったそのひと言で、おなじみさんの気持ちをつかんでいるわけです。 これを使わない手はないでしょう。 同じ条件ならば、小さなプラスアルファでも、ほかの人より頭ひとつ上に出ることができます。 その道理は、以外と見過ごされています。 気遣いなんかするだけ損というギスギスしたご時勢ですが、わずかな気遣いで味方をふやせるならば、安いものだと思います。
市田流仕事上手の秘訣。それは「プラスアルファ」。京都の町で生き残っていくためのコツでもあります。
市田ひろみ著『京の底力』 ネスコ文芸春秋より
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