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おくどさん


第2回【おくどさん】

「おくどさん」と呼んで「は〜い」という返事はありません。
これはかまどを京都の言葉で呼んだものです。
大根や油揚げ、麩などを「お大根(おだい)」や「お揚げさん」、「麩さん」の様に、
食材に「お〜さん」をつけて呼ぶことが結構当たり前になっている
京都らしい愛称です。
 

「うなぎの寝床」という言葉を耳にした事はありませんか?
京の町屋には間口が狭く、奥行きが深く なっている所が多くあります。
暖簾をめくって覗いてみてびっくり。
想像以上に廊下が延々と続いていて40メートルくらいはあるかもしれないと思ったこ とがあります。
入り口から裏口まで庭が通り(通り庭)、畳の客の間、玄関そして台所、奥の間が続き、その途中の通り庭に走り
(流しのこと)先というものがあります。
そこに井戸や水屋と一緒におくどさんがいるのです。
 

おくどさんの上には三宝さん(布袋さん)が大きいものから小さいものまでずらりと神棚に祭られ、
荒神松がお供えしてあります。かつては祖母の家に入る と、まるで石の様な台が横たわっていて、
そこに「おくどさん」が埋まっていました。私がまだ小さかった時の記憶なので、ぼんやりとしか覚えていませんが、
そこの天井には高い天井をしっかり支える梁が左右に伸びていて、どちらかというと薄暗い雰囲気が漂う台所でした。
冬場は冷えます。薪をくべるための 小さな口もついていて重い鉄の扉が付いていた様に思います。
今のキッチンの様に、できた料理をテーブルへポンッと置くのではなく、一旦突っかけを脱いで
土間から別の部屋の障子を開けて上がり、よっこらしょ、とその日のおかずをちゃぶ台に載せる、といったものでした。
 

今はもう、祖母の家におくどさんはおられません。
数年前に台所のみを改装してしまい、あの暗〜い「台ドコ」が明るくさわやかな「キッチン」に なってしまいました。
あの天井や台所の裏の井戸水はまだまだ現役だし、新キッチンも新しい木や和紙を使っていてきれいなのですが、
私はこういった古いも のに興味が湧いてから今更「なんてもったいないことを」と悔やんでしまいます。
 

祖母の家の隣には代々の店と工場があり、昔はそこの住み込みさん(住み込み社員)の分の大量のおばんざいも
祖母の家のおくどさんで炊いていました。今 では住み込みさんの数も減り、一度にたくさんのおかずを作る必要も
無くなったためでしょうか。おくどさんは居なくなってしまいました。京都の古い家や お寺の厨、
古い料亭などでもおくどさんはまだ健在です。あるお寺の厨で湯気の上がるおくどさんを見つけた時には
何だかほっとしました。まだ働いていた んだ・・・。
あの醤油色のお台所が懐かしい。おくどさんで炊いた御飯が食べたくなります。
 

もちろん、キッチンでもおばんざいは作れます。
しかし祖母や叔母は未だに新キッチンを、「汚すからもったいない」と言ってもっぱら別のステンレスの台所で
食事の支度をしています。
キッチンだからこそおばあちゃんの味、おばんざいの味だけは、おくどさんが居なくても
残していかなくてはならないのかもしれませんね。

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