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茶の心 その2


第5回【茶の心 その2】

「最初の緊張が嘘のように溶け ているのに気がついた」

 身の程知らずなことに、今度はお茶を点てさせてもらうことになった。
ところが、いくら口で説明されても、道具の名前さえわからないわたしは、何をどうやってよいかわからず、
おろおろするだけという、悲惨な状況におかれてしまった。
 

すると、伊住さんは、子供に教えるようにわたしの手をとって、お茶を点てさせてくれた。
これほど自分自身が情けないと思えた状況はない。恥ずかしさのあまり、顔面蒼白のひきつり笑い人形のように
なってしまった。そんなわたしに気遣いながら、「もっとスナップをきかせて」とか、
「あまり腕に力を入れ ないように」とか、「最後は『の』の字を描く感じで」などと、
伊住さんはやさしく励ましてくれた。
 

ところが、一所懸命やったにもかかわらず、わたしの茶碗には泡が立たなかった。
でも、お茶を点てるのも本当に楽しかった。お菓子を食べたのも、伊住さんがお茶を点てているのを見るのも、
お茶を飲んだのも、お茶を点てさせてもらったのも、それから、ひとつひとつの会話も。
すべてが完璧に楽しかった。
何も知らないわたしをこんなに楽しませてくれた、伊住宗匠の力量を思わずにはいられない。
 

一杯のお茶を点てて、それを飲むまでの小さな時間の中に、伊住さんとわたしの間には、
限りなく深い心と心の会話が存在していたと思えた。雲の上の人 だった伊住さんが、
ちょっとだけ近い存在のように思えて、お茶というのは、ものすごいものなのだと、改めて思った。

 東京に帰ったら、しっかりお茶を習おう。その夜、ホテルのシングルルームの鏡の前で、そう思った。
 

いろいろなことがわかってくれば、もっともっとお茶を楽しめるはずだから。
それが、今日の一会を最も昇華させる手段だと気がついて、わたしは満足した。

 

上村多恵子監修、河村遥・渡辺一雄著
『とっておきの京都案内 京都物語』 山と渓谷社より

 

上村多恵子
京都出身。 京南倉庫(株)代表取締役。京都経済同友会常任幹事。
実業家として活躍する一方、京都のルネッサンス運動を目指す。
また、詩人であり、 エッセイなどの創作活動も行っている。

 

河野 遥
ライター。東京出身。

 

渡辺 一雄
作家。京都出身。長年のサラリーマン生活をもとにした企業小説などの作品多数。
長年住んでいる京都の造詣も深い。

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